転妻愛歌。

元転勤族の妻の2歳差サバイバル育児。

「無理をしないでね」という言葉は、うれしくもあり少し腹立たしくもあった。

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2年前まで夫の仕事は超激務で、平日はもちろん休日もほとんど家にいなかった。退職する直前は、朝4時に会社から帰ってきてシャワーを浴び、朝5時に仕事に行くなんてことさえあった。

 

子どもがひとりしかいなかったときは、夫が家にいなくても平気だった。むしろ「たまにいると生活リズムがくるってしまうから、元気に仕事をしてくれていればいいや」とさえ思っていた。

 

でも子どもが2歳0歳の時期から、ワンオペ育児が地獄化。とにかく単純にマンパワーが足りない。自分勝手なのはわかっているけど、夫の力が必要だった。でもかなわないから何度も何度も心が折れて、やらなければ仕方がないから泣きながらやってきた。

 

 

「家事も育児も適当でいい」と自分に言い聞かせていた。掃除をサボっても家が荒れるだけで問題はない(精神的にイライラするけれど)し。ご飯もレトルトを使うことが増えた。おふろだってたまにはサボった。

 

でも、どれだけしんどくても授乳はいる。おもらしの後始末もしないと。洗濯を何日もサボると、服はおろか下着やタオルまでなくなる。洗濯機を回すところまではできても、干して取り入れることすら体調が悪いときはしんどかった。放置していたらタオルにカビが生えた。レトルトご飯にも限界があった。

 

落ち武者のようになっているわたしを見て、旦那は仕事帰りに買い物をしてくれたり、干せずにいた臭い洗濯物を干したり、がんばってくれたと思う。でも、圧倒的に時間も余裕も足りなかった。

 

 

「転勤族でまわりに頼れる人がいない。旦那は仕事で忙しい」そう言うとまわりは「大変だね」と言ってくれた。わたしが体調を崩したときには「無理をしないでね」と。

 

その言葉を聞いて、うれしい反面思っていたことは「無理をしないでねっていうけど、わたしが無理をしなければ毎日成立せんやんか」ってこと。無理をしないで休めるときは休みたい。でもわたしが休んだら、だれが子どもたちの面倒を見るんだろう。

 

「無理をしないでね」は優しい言葉だと思う。わたしもその言葉を使うとき、心から「無理をしないで休んでほしい」と思っている。でも、手を抜きまくって工夫しまくって、それでもどうにもならないとき「無理をするしかない」ことも知っている。そんなとき、どんな言葉をかけてあげればいいんだろう。

 

「無理はしないでね。○○(子守だったり買い出しだったり)だったらできるからね」という具体的な行動を伴った言葉かなぁ。

 

 

わたしは転勤生活には、「自分が困っていることやツラいとき、周りに助けを求めることができる」力が必要だと思っていた。無理を続けた生活はいつか破綻するときがくるし、誰かの力が必要なときがあるかもしれないから。

※転ママに限らずボッチ育児にならないために、巻き込む力とSOSを発する力をつけたいと思っています。※ - 転妻愛歌。

 

同時に誰かを助けたいとも思う。わたしが苦しかったときに誰かに助けてほしかったから。助けてもらったから。

 

「無理をしないでね」と声をかけるよりも、「あなたが無理をしないために、わたしになにができますか?」と聞きたい。

 

 

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最近「幡野広志」さんの「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる」を読んだ。その中に、こんな言葉があった。

 

そして息子には、自分の弱さを認めて、助けを求めることを教えておきたい。

「体や心が痛くなったり、困ったことがあったら、すぐに助けを求めろ」と。

そのほうが困っている人に気がついたり、つらい人を思いやったり、そんな人たちのために自分が何ができるかを、考えられるようになるから。(34ページ)

 

人に助けを求めることは、自分の弱さを認めること。自分の弱さを知っていると、人の弱さを思いやることができる。

 

「人にやさしく」ありたいなと思う。そして子どもにも、人にやさしくあってほしいと思う。