転妻愛歌。(転勤族の妻のウェブログ)

元転勤族の妻が、2歳差サバイバル育児とか語ります。

浪人して大学に入ったわたしの話とそれから。

スポンサーリンク
「浪人して大学に入りました」と言うと、「浪人しても入りたい大学があったんだ」と思われるんだろうけど、実はそうではない。
そして浪人中、予備校に通って勉強に浸かってたわけでもない。
 
深く考えずに受験をやめて、深く考えずに浪人して、深く考えずに1年遅れで大学に入った。
 
 
両親は、わたしが高校3年生の時に離婚した。
これに関してはもう別に恨みもなにもないんだけど、高校3年の冬。受験まっただ中。
 
 
のっぴきならぬ事情があるならまだしも、別にこの時でなくてもよかったはずなのに、どうしてこの時期に離婚したんだろう。わたしが生まれたときからいつも、夫婦仲は悪かったのに。
さすがに思った。「何もこの時期でなくても…」と。
それを言ったら、母にめちゃくちゃに怒鳴られ罵倒されたので、二度と言わないことにした。
 
まぁとにかく、両親は離婚した。センターの1カ月ぐらい前だったと思う。
 
 
わたしはもともと現役の頃から不良受験生だったので、実は志望校も決まってなかった。高卒では選択肢がせばまるから、とりあえず大学には行こうと思っていたけど、行きたい大学があるわけではなかった。
国公立の方が家計に負担なくていいかな、と思って適当に志望校を書いていた。まわりは行きたい大学に向かって努力してるのに、わたしは努力ができなかった。
 
 
両親が離婚すると聞いてから、急にすべてが面倒くさくなって、受験するのをやめた。
「バタバタで勉強どころじゃないしね、来年受験するわ」と。
両親の離婚を、なんとなく巻き込まれていた大学受験から逃げる言い訳にした。
 
学校の先生には反対された。でも「きな山くんの決めたことやから」と最終的に納得してもらった。「ちゃんと勉強すれば、相当いい大学に行けると思う」と先生は言ってくれた。
 
はい、ちゃんと勉強します。勉強して、いい大学入ります。(先生、元気かなぁ…。)
 
 
クラスが受験で重い雰囲気になる中、わたしと推薦入試組だけが浮いていた。受験組からしたら、わたしってすごくうっとおしかったと思う。
お金は払ってたからセンター試験だけは受けたけど、やっぱりわたしはフワフワしていた。
 
 
卒業して始めたのは、バイト。
すんごい時給の低いバイトで、当時700円ギリギリだったと思う。時給は安くても時間は腐るほどあったから、けっこうお給料はもらってた。
浪人したくせに、やっぱり勉強はあんまりしなかった。
 
浪人生活は楽しかった。
初めてコンパ的なものをしたのも、化粧をしだしたのも、ナンパされたのもこのころだった。楽しかったなぁ、足元を見ればめっちゃグラグラしてたけど。
 
 
冬が来る前に、志望校が決まった。
いつか家を出て報道記者になりたくて(できたら海外で野垂れ死にしたくて)、関連する学科のあるところに行こうと思った。当時好きになった男の子も、偶然(?)同じ大学を目指してた。
運命である!→入学後、彼にはすぐに彼女ができた。運命じゃなかった!!
 
 
1年越しの受験。第一志望の大学のみ、学科もひとつに絞って出願。
それでも前後期併せて(一応センターも受験したから)合計10万かかった。
受験ってお金かかるよね…。一応自分の稼いだお金で払うことができた。
 
一応国公立も考えてセンターは受験したけど、センターの点数は前年度とほぼ変わらず。この1年、何やってたんやろうなぁ…とちょっと後悔した。
前期は5点足らずにで落ちて、後期で無事合格した。
 
 
大学入学後、めっちゃ勉強しようと思った。
1年無駄にしたし(いや、楽しかったから無駄ではなかったけど)自分でお金も払ったし。
 
でも入学してから、やっぱりわたしは全然勉強をしなかった。まともに行かなくても単位が取れるとわかってからは、バイトばっかりしていた。
まぁ先生に「頑張って勉強します」と誓った浪人時代でさえ勉強しなかったもんね。
 
 
大学生活(といっても2年くらいはまともに行ってないけど)で得られたものは、初めての彼氏。あと、ある程度自由になるお金と時間。
大学4年間は、わたしにとってはモラトリアムだった。
 
 
マスコミ関係は全滅し、これまた適当なところに就職した。就職氷河期の最後の方だったけど、比較的すんなり就職できた方だと思う。
大学生活の何かが役立ったわけではない。むしろバイトや遊んだ日々が役に立ったような気さえする。
 
就職先が決まった時に母が言った。
「せっかく大学に行ったんだから、もっといいところに就職してくれると思ってた」
親の都合で大学に行けなったらしい母にとっては、大学は特別なものらしかった。
わたしにとっては「大卒」という経歴を得るためだけのものだったけど。
 
 
就職して8年。結婚して退職するときに母に言われた。
「せっかく大学まで出してやったのに!あんたも私と一緒でしょうもない主婦に成り下がるのか」
(主婦がしょうもないかどうかは置いておいて、)大学に行けなかった母にとって、大卒のわたしがまぁまぁの企業に就職して、それなりにキャリアを積んで、給料をもらってくることが嬉しくて仕方なかったんだな、と思う。
 
会社にはわたしよりも高学歴な人はあたりまえだけどわんさかいたし、仕事の出来不出来に学歴は関係なかったんだけどな。「大卒だからこそ」できる仕事なんて、あんまりなかった。専門性が必要な仕事であればまた別だったんだろうけど。
 
 
母は、自分がなりたかった姿をわたしに重ね合わせていたのかもしれない。
自分の欲しかった「大卒」という経歴をいとも簡単に捨ててしまう娘に失望したんだろう。
 
 
先の受験制度や社会の状況がどうなるかはさておき、基本的には自分の子どもには大学に行ってほしいと思う。
それは子どもの選択肢を広げるためであって、わたしのためではない。逆に子どもが進もうとしている道に学歴が必要なければ、大学に行かなくてもいいと思う。
 
 
社会人になって外に飲みに行ったとき、相手が無職であろうが大学に行ってなかろうが気にならなかった、誰も気にしていなかった。結婚して子どもを産んで、同じおかあさんとして人と接するとき、そこには年齢や学歴なんて関係なかった。
たぶん、わたしはとても人に恵まれていたんだろうけど、学歴差別なんてなかった。
 
 
今、わたしがそこそこの企業に再就職しようと思っていたとしたら学歴は必要だろうけど、パートや在宅ワークを始めるのに「大卒」が役立ったことはない。
(そもそも40歳近くなって正社員希望なんて、学歴以前に年齢ではねられる)
特にウェブライターなんて、学歴関係なしに目に見える形で自分の能力が図ることができる仕事だと思う。

 
単純に、過去に大学に行ったことがあるだけでは何も生み出せない。
過去の経歴よりも今の実績が大事だと、思う毎日。
 
明日もがんばろう。