転妻愛歌。

元転勤族の妻の2歳差サバイバル育児。

【二人目出産の壁は高かった。頼る実家のない転勤族の妻の話】3/3 臨月での転勤

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そういえば続編を書くのを忘れてた…ってことで、ようやく「実家、義実家に頼らず転勤先で2人目を産んだ」話を書きます。

 

前回までの記事はこちら▽

【二人目出産の壁は高かった。頼る実家のない転勤族の妻の話】2/3

【二人目出産の壁は高かった。頼る実家のない転勤族の妻の話】1/3

 

 

出産予定日一か月前に転勤を言い渡されて、なんとか2人目を出産できた話

今回は、実際わたしが二人目をどう出産したかを振り返っただけの記事です。なので誰かの参考になるところはないかもしれません。

里なし出産前の準備品などについては、前回の【二人目出産の壁は高かった。頼る実家のない転勤族の妻の話】2/3が参考になると思います。

 

「出産予定日一か月前に転勤を言い渡されて途方にくれつつ、なんとか2人目を出産できた」けど、やっぱり頼れる実家のない転勤族って大変でした。

 

二人目の妊娠が分かり、悩んだのが入院中の「長女の預け先」

わたしには実家がないので、当初は義実家にお世話になる予定だった。

 

でも長女を出産したとき、義実家の孫フィーバーがすごすぎて、結局1週間もしないうちに逃げるように帰ってきた。だから今回、義実家に頼って出産することにあまり気がすすまなかった。

 

一番考えたいのは上の子のこと。

昼間の預け先(保育園など)が見つかったとしても、旦那は仕事で絶対に送り迎えできない。ファミリーサポートに送り迎えを頼んだところで、長女は病院で真夜中まで過ごすことになる。帝王切開後のわたしが、長女と赤ちゃんの面倒を同時にみる自信はなかった。

 

義実家に頼るしか方法はないか…と諦めたとき、助けの手がさしのべられた。

ママ友からもらった「入院中、長女ちゃんをみてあげるよ」の言葉。信じられなかった。2歳の長女を、1週間も預かってくれるなんて。

 

迷惑をかけるのは承知で、わたしは彼女に頼ることにした。彼女なら、気になることがあればラインもできるし電話もできる。普段の子育ての様子も知っている。

義実家を頼るよりも、全くの他人を頼ることを選択した自分にびっくりしたけれど。

 

預け先と出産をする産院が決まって一安心

長女の預け先が決まったので、出産する病院さがしもはじめた。最初は義実家近くの市民病院で出産するつもりだったので、改めて滋賀県で病院を探す必要があった。

わたしの住んでいた市には妊婦健診はできてもお産ができる病院がなかったので、長女を産んだ産院を頼ることにした。当時妊娠5か月だったにも関わらず受け入れてくれた。

 

産院までは電車で40分。長女と一緒に電車に乗って妊婦健診に通ったのを今でも思い出す。人気の産院で、待ち時間は4時間以上がザラ。

ふたりで近くの児童館で遊んだりイオンで時間をつぶしたり。毎回小旅行みたいだった。帰ってくるとヘトヘトでろくにご飯も作らず寝てしまっていた。

 

妊娠の経過が順調だったので(張りどめはたまに服用していたけど)長女とはできる限りおでかけをした。車がなかったので、ギリギリまで電動自転車に乗ってブイブイいわして公園に出かけた。無謀だったなと思う。

 

出産予定日1か月前に「転勤」が決まる

穏やかな日々もつかの間。出産予定日の1か月前に、旦那の異動内示が出た。転勤先は徳島。赴任先での勤務開始日は出産日の10日前。

ほんと会社って悪魔やな、と思う。

 

もうすぐ臨月なのに、いまさら徳島で出産できる病院なんて見つかるわけがないし、義実家ちかくの市民病院にも断られるに違いない。

もし徳島に受け入れてくれる病院があったとして、全く知らない土地で長女の預け先を探すなんてできない。もう問い合わせることもしなかった。

 

旦那は徳島へ。わたしは長女と残ることに。

選択肢はひとつしかなかった。旦那は先に徳島に行き、わたしと長女は滋賀に残ること。ただ、「住むところ」が問題だった。

 

会社が借りているマンションに住める期限は、赴任先での着任日の前日まで。それ以降は今のマンションに住むことができない。会社都合の転勤、わたしが臨月であろうが関係なく引き払われる(鬼畜)。ということは約10日間、わたしたちの住まいがなくなるということ。

 

ホテル住まいにしようか?でも宿泊費は高いし、毎日のご飯に困る…。たどりついた先は「ウイークリーマンション」だった。

 

出産までの約2週間、ウイークリーマンションを借りることにした。ホテルよりも安い、自分で食事を作ることができる、トイレとお風呂がセパレートで湯船にお湯を張れる。

そして産院からも、長女を預かってくれる友だちの家からも近い。

 

ウイークリーマンションですごした日々はとても幸せだった

借りた部屋はワンルーム。6畳ぐらいの部屋に、2歳の長女と2人きり。文字どおり密室育児で最初はとても不安だった。

 

でも、赤ちゃんが生まれると長女と二人っきりの時間がほとんどなくなる。この時間は今だけなんだと思うと、毎日がとても貴重で、できれば終わってほしくないとさえ思った。

マタニティハイだった。長女が寝た後、さみしくて毎日泣いた。

 

毎日がとても濃密だった。大奮発してミシガンに乗ったり、引っ越しする前に会えるだけの友だちにも会った。

狭い台所で悪戦苦闘しながら料理をすること、洗面と一体型の狭いおふろに二人で入ることさえ楽しかった。

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▽ウィークリーのキッチン。一人暮らしの大学生みたい。

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▽狭い部屋でも嬉しそうな娘。

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実際住んだ滋賀県のウイークリーマンションについてはこちら

 

入院中の長女の様子

幸いにもトラブルなく出産予定日を迎え、タクシーに乗って産院へ。手術開始時刻まで長女と一緒に病院で過ごした。旦那も手術開始になんとか間に合った。

 

扉の向こうで手術終了まで長女と一緒に待ってくれていた。(帝王切開ってすごいよね。痛くはないけど引っ張られてるとか切られてるとかいう感触はあるし、話してる声は聞こえるし。)

 

 入院前、ことあるごとに「もうすぐ妹が生まれるよ、もしかしたらお母さんは赤ちゃんのお世話で、長女の相手ができないかもしれない、それでも長女が大事だし大好きやで」

「赤ちゃん生まれてもいっぱい我儘ゆうてもええんやで、でもお母さんが入院中はさみしいと思うけど頑張ってな」と言っていた。でも2歳の長女はまったく返事をしなかった。

 

その他のことはちゃんと返事をするし聞いてくれるのに、赤ちゃんの話題だけは全部スルー。わかっててやってるのか偶然なのか。不安で仕方なかった。

 

生まれてすぐ、赤ちゃんが旦那と長女のもとに連れて行かれる。外から長女の「怖い~」という泣き声が聞こえた。赤ちゃんって顔色悪いし小さすぎて怖いよね…でも落ち着いたらなでてくれてたみたいで、ちょっとほっとした。

 

わたしの入院中、長女はよく頑張った。お見舞いの後病院から帰る時は、泣かずに元気に「バイバイ」と言ってくれた。ママ友に長女と同い年の娘がいたのも大きいと思う。

 

一度だけ、帰りたくないと長女が泣いたときがあった。心配するわたしを制して、友だちは長女を抱っこして帰ってくれた。

 

2人も2歳児がいたら大変だったろうに、友だちは「大丈夫」としか言わなかった。今でも感謝しかない。

 

長女の頑張ってる姿がいじらしくて、友だちの優しさもありがたすぎて、わたしは毎日毎日泣いていた。旦那は徳島で仕事。仕方がないとはいえ空気だった(空気でさえもなかった)

 

退院後に長女が高熱を出し、地獄と化した

母子ともに元気で無事退院できることになった。義母が心配してくれているのもあって、徳島にすぐに帰らず義実家にすこしお世話になることにした。徳島に行っても生活できる状態になかったから。今思うと、これは大正解だった。

  

退院してすぐ、長女が高熱を出した。多分頑張りすぎたんだと思う。あまりに熱が高かったので、慌てて長女を抱えて小児科へ。点滴をしてもらって家で様子を見ることになった。

 

長女が良くなり始めたころ、次女が鼻水と咳。生後1週間で病気になってしまった。またまたわたしが病院に走る。「咳と鼻水で吐き戻しはするものの、乳は一生懸命に飲んでいるから様子を見ましょう、ただし熱が出たら即入院です」と言われた。

 

次女は熱を出すことなく快方にむかったけど、死ぬんじゃないかとこわかった。心配と授乳で夜もほとんど寝れなかった。赤ちゃんだから鼻がちいさすぎて、鼻水は口で吸うしかなかった。当然わたしに風邪がうつって、今度はわたしが咳に苦しむことになった。

 

 

病気でしんどい長女は少し赤ちゃん返りした。わたしと一緒でないとお風呂に入らない。手をつないだり膝の上でないと寝ない。

帝王切開の傷はふさがってるとはいえ、長女をお風呂に入れたり(わたしはシャワーのみ)、抱っこしながら延々子守唄を歌いながら寝かしつけたり。地獄のような1か月だった。

 

ワンオペ二人育児になる前の準備

義実家にお世話になるとは言っても、徳島に行ったら待ち受けるのはワンオペ育児。少しずつ慣れておかなければいけない。

 

寝かしつけ

義母は次女を寝かしつけてくれようとしたけど、いつまでもそばに義母がいるわけじゃない。徳島では二人をわたし一人で寝かしつける必要がある。早い段階から、二人をいっぺんに寝かせる練習を始めた。

 

わたしは座って次女を抱っこでゆらゆら。長女はわたしの膝の上か隣に寝て、手を握りながら子守唄をうたう。徳島に帰るまでにはこれで寝てくれるようになった。帰ってから最初のうちはそんなに簡単にはいかなかったけど、一応のスタイルはできた。

 

食事

食事は必ず長女と一緒にとった。わたしだけ後にすると、ワンオペ育児になったらきっと忙しくて食べなくなるから。絶対にご飯は一緒に食べると決めていた。帰る前にレトルト食品やロングライフ牛乳などを配送手配済み。

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 お風呂

わたしは手早くシャワーですませる。烏の行水。とうぶん仕方ない。次女は2か月が過ぎても、空いている時間にすませることにした。 義実家にいるときはベビーバスを使用。


 

※徳島に帰ってからは準備と手入れが面倒くさいので、ベビーバスの代わりに衣装ケースを使った。3カ月になるころは一緒にお風呂に入っていた。これが超おススメ。


 

 

まとめ

わたしは出産前も出産後も、義実家を頼らず自分の力でのりきろうと思っていました。出産前は(急な転勤があり予想外の二人暮らしを強いられたとはいえ)特にトラブルもなく乗り切ることができました。

 

入院中についても、長女を預かってくれた友だちのおかげで、無事に乗り切ることができました。退院後も、娘たちが病気になっていなかったらワンオペ育児で乗り切れたかもしれません。

 

しかし現実には、娘二人が病気になり、最終的にはわたしまで体調を崩してしまいました。もし出産後そのまま転勤先の徳島に行っていたら…。想像すると胃のあたりが重くなります。

 

▽次女連れて徳島に帰ったら家がこんな状態でした。ほんと出産直後に帰らなくてよかった

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里帰りなし、義実家からも援助なしの出産も可能だと思います。

 

ただしそれは、産前産後どちらも母子ともに健康である場合、または夫が仕事を早退したり休んだりできる場合。計画していた通りに現実はすすむとは限りません。もしも頼ることができる相手がいるなら、不測の事態が起こったときに助けを求めることができるよう、準備しておく方がいいと思います。

 

検索からこの記事にたどり着いた方の中には、きっと「頼りたくてもどうしても頼る先がない」方もいると思います。その場合は事前に担当課に相談に行く、子育て支援などをフル活用する、などでリスクを少しでも減らすことができると思います。

二人目の壁はおそろしく高かった(頼る実家のない転勤族の妻なワタシの話)2/3 - 転妻愛歌。(転勤族の妻のウェブログ)

 

おまけ

▽乳幼児の鼻かぜに効果抜群のメルシーポットについて

子どもの滲出性中耳炎に1年以上悩んだわたしが、全力でメルシーポットをおすすめします。2017.11更新 - 転妻愛歌。(転勤族の妻のウェブログ)

 

▽二人目出産後の生活について

※散歩に行くにも気合いが必要だった数か月。しんどい二人育児も先は明るい。※2歳差 - 転妻愛歌。(転勤族の妻のウェブログ)