転妻愛歌。(転勤族の妻のウェブログ)

元転勤族の妻が、2歳差サバイバル育児とか語ります。

夜のおむつが外れない、おねしょが治らない!夜尿症だったわたしのはなし。

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「遅くても幼稚園を過ぎたら、普通夜のおむつがとれるよ。とれないなんてまずありえない。」

最近こんな言葉を聞いて、ちょっと書きたくなりました。
言った人は2児の母。
自分と周りの経験からそう言ったんでしょうね。

あなたは何歳でおねしょをしなくなりましたか?

わたしはけっこう大きくなるまでおねしょをしていました。
毎日ではないけれど、けっこう頻繁に。

母の話によると、
小学校に入るまでに、いったんは完全に夜のおむつがとれたそうです。

おねしょが始まったのは、おそらく小学校一年の頃。
両親の別居により引っ越し、転校、母方の祖父母との同居と、環境がかわった時期でした。
両親の不仲、祖父母宅での居候生活、勉強進度のはやい小学校への転校。
子ども心に、かなりのプレッシャーだったのかもしれません。

今では知識として知られているおねしょ(夜尿症)。

夜尿症とは|おねしょ・夜尿症の悩み解消「おねしょ卒業!プロジェクト」

30年ほど前はどうだったんでしょう?
多分今より扱いは悪くて、おねしょ=恥ずかしいこと、隠しておきたいことっていう認識だったんじゃないかと想像します。

わたしは病院へ行っていたのか、
それとも行かずにいたのかは記憶にありません。

ただ毎日苦い漢方薬を飲んで、炒められたぎんなんを泣きながら食べていたことは覚えています。
ぎんなんがおねしょに効くって話があったみたいです。
塩味、ソース味、ケチャップ味。
皿に並べられるぎんなんの粒。
好きでもないぎんなんを、毎日どうにかして食べさせようと母も必死だったんだと思います。

それでもなかなか治らなかった。

ぎんなんの他にも漢方飲ませたり、夜間トイレに誘ってみたり、濡れると音のなるブザーみたいなのをパンツに貼っておねしょをしたら起きるように促してみたり。
覚えてないものも含めて、母は色んな対策をしたんでしょう。
それでも数は少なくなるものの、なかなか治りませんでした。

完全に治ったのは小学校5年になる前ぐらいだったように思います。
銀杏もやめて、漢方もやめて、両親がまた同居するようになってからです。
自然と、いつのまにか、おねしょをしなくなっていました。

両親は相変わらず不仲で、
顔を合わせたらものが飛び交うなんてしょっちゅうだったし、酷いときは母が包丁を取り出したりなんかして。
それでも、祖父母の実家で居心地悪く生活するよりよかったので、
おねしょが治ったのは、もしかしたら環境のおかげもあったのかもしれません。

幼稚園年中、年長にもなると、夜のおむつがとれる子が多くなる。

わたしの友達関係では、みんな夜のおむつを卒業しました。
うちの娘(年長)は、まだ夜のおむつをしています。
朝起きたらおむつは毎日ボットボトなので、膀胱の成長とかが遅いのかもしれないな。

まだまだ幼稚園、わたしに焦りは全くありません。
小学校にあがったら、一度病院には行こうと思っていますが。

当時、わたしが一番つらかったこと。

ぎんなんを食べることでもなく、ブサーをつけられることでもなく(すごく屈辱的な気持ちにはなったけど)イライラした母を見ることでした。

思い出すのは、おねしょをしたシーツを処理しているときの母の顔。
わざとじゃないから怒ってはいけない、でもいい加減にしてほしい…そんな気持ちだったのかもしれません。
隠しきれない焦りと怒りと疲れが母の表情や態度に出ていて、いたたまれない気持ちでした。

母は悪くないのは、当時のわたしにもわかるんです。
まわりはみんなおねしょしなくなるのに、わたしだけがしょっちゅう失敗する。
その度洗うシーツ。必要のない家事。
そりゃ母もイライラするよね、人間だもの。

でも、自分がとても悪いことをしているようで、
とてもダメな人間なようで、ツラかったな。

だからもし娘のおむつがなかなかとれなかったとしても、わたしのような気持ちにさせないように気を付けようと思います。
「だいじょうぶ、はずかしくない」って思えるように。

焦らないで、あわてないで、冷静に判断したい夜尿症。

「幼稚園を過ぎたら、夜のおむつがとれる」のは普通ではなくて、その子はそうだっただけ。
そうじゃない子もたくさんいるし、成長の程度は個人差があるし。

他人と比べるんじゃなくて様子をちゃんと見て、おかしいと思ったら病院などの専門機関に行けばいい。


あんまり「普通」にこだわってると、いざ自分の子が普通から外れてしまったときとってもツラいと思うけどな。